国道特27号 | |||
起点 | 静岡縣駿東郡原里村板妻四百八十五番地先 | ||
終点 | 静岡縣駿東郡須山村百六十五ノ一番地先 | ||
延長 | 6.6 km | ||
制定日 | 昭和2年4月5日 | ||
改正履歴 | |||
全体図 | Download : MR-27.trk (トラックファイル) | ||
指定を受けるまでは,この道路は県道にも指定されていない町村道であった. 国道昇格へのきっかけとなったのは,大正15年6月11日に静岡県知事・伊東喜八郎から陸軍大臣・宇垣一成宛に「軍事国道に関する件」(静岡県大正15年秘土第58号)と題する上申書が提出されたによる. その内容を抜粋すると, 「管下軍事國道特二號駿東郡原里村板妻ヨリ分岐シ同郡須山村二至ル道路ハ目下町村道トシテ地元道路組合二於テ維持管理致居候處,本線ハ富士裾野及大野原陸軍演習場地域二介在シ御殿場及板妻廠舎ト演習場トノ間ノ往復其他二於テ常二軍隊ノ行軍及演習上等二利用セラレ沿線町村ノ開發上必要ナル路線ナルノミナラス特ニ軍事上重要ナルコト他ノ軍事國道二相譲ラサルモノト認メラレ候」 この書面のポイントは2点あり,国道特27号が板妻より国道特2号より分岐して須山に至る道路であったこと,そしてその目的は富士裾野演習場と板妻廠舎(現自衛隊板妻駐屯地)との間の連絡路であったことで,国道特2号とは独立した機能を求めたことになる. その後の一連の行政処理過程は,大正15年の大日記乙輯「富士裾野演習場内道路に関する件」(レファレンスコードC03012178300)にまとめられているが,その中で,まず陸軍次官から内務次官へ静岡県知事からの上申事項について,国道もしくは県道への編入について取計らいを打診している(大正15年6月26日,陸普第2691号). この打診で興味深いことは,陸軍省が内務省に対して該当する区間の道路を国道編入にあたって,直接「軍事国道」として認可を求めるのではなく,まずは国道もしくは県道としての認可で探りを入れていることにある. これに対する内務次官の回答は「県道としては資格を有さない」ながらも,初めて「軍事の目的を有する国道」として認定させる方向がある「代案」を提示(大正15年7月12日,内務省陸土第3号),これを陸軍次官が了承する形で軍事国道への認定が固まる(大正15年7月31日,陸普第3212号). このような一連の流れをまどろっこしいとするか,それとも茶番的な行政処理とするかは判断が分かれるが,いずれにしても,この大正末期における軍事国道の認定においては,陸軍省と云えども,国道指定の決定権を有する内務省に対しては伺いを立てなければならない構図は明確となっている. 国道469号の該当区間を走るとススキが美しい演習場内を横切り,北側に富士を望む絶好の道路となっている.一つ気になることは,現在でも国道469号が演習場内を唯一横一文字に通り過ぎることができる区間となっているが,それでは,同じく演習場内を抜ける国道特2号はどの道であったのだろうか・・・. 大正15年7月31日,陸普第3212号の最後の陸軍次官から内務次官への追伸として次の一文がある. 「本件道路ヲ國道ニ認定セラルル場合ニ於テモ,現特ニ號國道ハ軍事上依然存置ヲ必要トスルモノニ付,御了知相成度」 この意味をどのように考えるべきなのだろうか.国道特2号の演習場内を抜ける区間は現在の国道469号よりも北側を走っていたと考えられるが,追伸を読む限りでは,他の軍事国道と同様に予算の関係上で道路の修繕もままならなかった様子が目に浮かんでならない. 【参考・出典】 「富士裾野演習場内道路に関する件」 大日記乙輯大正15年,レファレンスコードC03012178300,大正15年 [2007.01.02作成] [2007.01.06改訂] 断面図挿入 |