道路について

人が歩く機能を持つ以上,必ず基盤整備として道路が必要となります.「道」は幾何学的な表現をするならば,ある点と点を繋ぐ線となります.この点と点が連結され,交差し,延長されることによって体系的なネットワークが構築され,古代より人の交流を生み、文化の伝達や物流を担う重要な役割を持つことになりました.現在においても,この道路の果たす機能は変わってはいません.

しかし,古代中国の人々は「道」をそのような正の効用として見つめていたわけではなさそうです.

「道」という漢字は,これを解字させると「辶」と「首」に分解されます.

 「辶」は「辵(チャク)」を基にしていています.この「辵」は足と十字路を表す2つの象形からなっていることから,人間が幾何学的線上を歩行したり,止まったりする意味があるとされています.従って,この「辵」=「辶」のみで道に相当する意味が込められていることになりますが,さらに「首」を添えたことについては,次の二つの説があります.

一つは「首」は人間の体を構成する部分において最も高い位置であることから,地形的に高い部分(頂)へ通じることができるという意味で「道」があるというもの.これをさらに発展させた概念として,ある技術や技能の極める意味に「道」が使われます.柔道,剣道,華道,茶道などはその代表的な用法と見ることができます.

 そして,もう一つの意味としては古代中国において異族や獣の「首」を「道路」に据えることによって,外界から生活空間へ災いや疫病などの流入を遮断する風習があったことから,「道」という表現ができたとされています.

後者の習しは日本においても信州や東北地方で多く見られる道祖神や庚申塚の信仰と非常に類似しているものです.共通するのは「道」が交流や物流等の生活には欠かせない恵みを与える反面で,隣接地からの災害,疫病を身近な生活空間へもたらす負の効果があったということです.より具体的には,「道」が異民族の思想,文化,そして戦争を持ち込む忌まわしき機能を持つと考えられていたことです.

このような概念は古代に限った話ではなく,明治時代の日本においても対ロシアの侵攻に備え北海道の街道を整備する折に,政府内で物資の効率的な輸送を求める賛成派と逆に敗退時にロシアの侵攻を容易にさせる危機感を持つ反対派に二分されたエピソードが残されています.このことからも,「道」の負の機能に対する懸念感は,時代を超えた共通概念であることは間違いありません.現在のように外界からの侵入に対して神経を張るつめる風潮がなければ,決して気がつかないことです.

道路は,このように両刃の剣の性質を有することを念頭において,その時代の要請・要望とともに建設され,変遷をして,役目を果たしたときに廃道となります.その時代に必要とされた背景は何か,どのような役割を果たしたのか,それがどのように現代に結びついているのか.

道路という設備にその時代の生活様式や世相の痕跡を見出すことの他に,時代ごとに人々が考えた恣意,意図が刻まれた記録媒体として捉えることに,個人的には道路の姿の面白さがあると考えています.

「日本の道」のホームページでは,主に国道に焦点を当てて,文学,歴史,法学などの複合的観点を結びつけることによって,これまで日本人が歩んできた「道程」を自分なりに咀嚼してみたいと考えて製作をしています.
平成12年11月
松波成行